
森と物語の香りが漂うドイツの中央部。メルヘン街道の真ん中に位置するカッセルは、グリム兄弟が生涯の大半を過ごした“童話の都”。ここから、『赤ずきん』『白雪姫』『ブレーメンの音楽隊』など、数えきれないほどの物語が世界へ羽ばたいた。

ここでいったん、メルヘン街道のルートをご紹介。ルートの一般的な出発点は地図の南に位置するグリム兄弟の街ハーナウ。ここで生まれたヤコブとヴィルヘルムの記念像を見て、終点のハンザ都市ブレーメンまで600キロ続きます。今回は北のブレーメンから南下して辿っています。どちらが先でも支障はないので、旅の計画やスケジュールを優先すれば良いと思います。
今は真ん中あたりに位置するカッセル。
ここでグリム兄弟は生涯で一番長く、そして彼らの証言によれば「最も充実した時間」を過ごした場所。1812年と1815年にグリム兄弟は、200以上のメルヘンを集めた二巻の童話集を出版しました。この童話集は世界のほとんどの言語に翻訳され、ルターの新約聖書とならんで、世界で最も広く親しまれています。それによってヤコブとヴィルヘルム・グリムが手書きした『子どもと家庭の童話集』は、2005年にユネスコの世界記憶遺産に登録され、カッセルのGRIMMWELTに展示されています。

大学を出たのち、再びカッセルへ戻ったグリム兄弟は、古ドイツ語の詩や言語を研究しながら、伝承民話を集めていった。
やがて1812年、『子供たちと家庭の童話』が出版される。
ナポレオン支配で揺れる時代に、兄弟は“言葉”を通してドイツ人としての誇りを見つめようとした。
彼らにとって童話の収集は、民族の記憶をすくい上げる文化の再生でもあったのだ。
グリム兄弟の探求は言葉の世界へも広がる。
ドイツ語辞典の編纂に人生を捧げたが、生前に完成したのは「Frucht(フルーツ)」まで。
その後、多くの学者がその志を引き継ぎ、辞典が完成したのは1961年。兄弟の没後123年の歳月を経てのことだった。
彼らは“童話の語り手”であると同時に、“言葉の守り人”でもあったのだ。

カッセルの丘に建つ「グリムワールド(Grimmwelt)」は、兄弟の軌跡をたどる近代的ミュージアム。
ユネスコ「世界の記憶」に登録された童話集の初版本や、手紙・原稿など貴重な資料が並ぶ。
ガラス越しに見るインクの筆跡は、まるで物語の息づかいそのものだ。
展示は五感で楽しむインタラクティブな構成。
光と影が動くインスタレーションの中を歩けば、まるで童話の世界へ迷い込んだかのよう。
大人も子どもも、心の中の“昔話”が再び目を覚ます。
その瞬間、旅は歴史を超えて、物語と出会う体験へと変わる。

■ 旅のヒント
フランクフルト中央駅から鉄道とトラムを乗り継いで約1時間45分。
メルヘン街道の中心に立つこの街は、日帰り旅にもぴったり。
時間が許すなら、郊外のベルクパルク・ヴィルヘルムスヘーエ(世界遺産)や、
ミュージアムカフェで過ごす午後もおすすめ。
🌿あとがき:物語は、いまも旅を続けている
グリム兄弟が集めた物語は、200年を経た今も世界中で語り継がれている。
それはきっと、彼らが“言葉”の奥に人間の夢と希望を見たからだろう。
メルヘン街道の旅の中でページをめくると、遠い昔の声がふと聞こえてくる。
──「むかしむかし、あるところに……」
