ブレーメンの音楽隊、赤ずきん、白雪姫、ラプンツェル――。グリム兄弟が紡いだ数々の物語の舞台をたどる全長約600kmの「メルヘン街道」は、北ドイツのブレーメンから南のハーナウへと続く物語の道。森を抜け、古城を望み、石畳の町を歩けば、どこかで物語の気配が息づいている。この街道には、魅力的な街に加えて長い時を経ても変わらない“心の風景”と、人々が大切に守り継いできた暮らしの温もりがある。おとぎ話の世界を旅することは、ドイツの過去と今を知る旅。
ドイツ北西部に位置する歴史都市ブレーメン。
名前を聞けば、誰もが思い浮かべるのはグリム童話の「ブレーメンの音楽隊」だろう。
ロバと犬、猫、にわとり――。
高齢や役目を終えた動物たちが新たな人生を求めて旅に出る物語は、
「ブレーメンで音楽隊をやろう!」という小さな希望から始まる。
あらためて読み返してみると、それはまるで“多様性と再生”の寓話。
働くこと、老いること、生きること。現代の私たちにも響くメッセージがある。
広場の片隅に、ロバの背に犬、犬の背に猫、猫の背ににわとり――
あの「音楽隊」の像がひっそりと寄り添うように佇んでいる。
ブレーメンは、かつて北ドイツを中心に栄えたハンザ同盟の一員として、ヨーロッパ貿易を支えた自由都市。
現在もリューベック、ハンブルクと並び、ドイツで唯一「自由ハンザ都市」の名を受け継ぐ街だ。
マルクト広場にそびえるブレーメン市庁舎とローラント像は、
自由都市としての自治と独立の象徴。
中世ヨーロッパの都市文化と建築の発展を今に伝える貴重な遺産として、
ユネスコの世界遺産にも登録されている。
第二次世界大戦の爆撃で街の多くは焼け落ちたが、
市庁舎とローラント像だけは市民の手によって守られた。
市民たちは戦火が迫る中、木と砂袋で囲いを作り、
この街の誇りを守り抜いたという。
マルクト広場の片隅に、ひっそりと置かれた「ブレーメンの貯金箱」と呼ばれるマンホールの蓋がある。
その中央には小さな投入口があり、コインを入れると――ロバ、犬、猫、にわとりの鳴き声が順に響く。
ブレーメンの音楽隊が奏でる“ありがとう”のメロディだ。
この貯金箱には、年間25,000ユーロ以上もの寄付が集まるという。
集められたお金は慈善団体を通して地元の子どもたちや高齢者支援など、
地域のためのプロジェクトに活かされている。
観光の街にありながら、そこにあるのは人と人をつなぐ優しい仕組み。
このアイデア、日本に持ち帰りたい。
市庁舎の内部は、現地専属ガイド付きツアーでのみ見学ができる。
階段に吊るされたクジラの顎骨を使ったランプ、ホールに並ぶ豪奢な調度品や絵画の数々。
どれも600年以上にわたり続くハンザ同盟の繁栄を今に伝えている。
磨かれた木の床を歩くたびに、かつてここで交わされた商人たちの声がふと蘇るようだ。
歴史に彩られたその空間全体が、まるで生きた博物館。
英語ツアーは毎日12時から開催されている。詳細はブレーメン観光局の公式サイトをチェック。
見学の後は、市庁舎地下のレストラン「ブレーマー・ラーツケラー(Bremer Ratskeller)」へ。
1405年創業のワインセラーを改装した老舗で、
巨大な木樽が並ぶ空間はまるで時が止まったような趣がある。
ここではドイツ各地のワインとともに、北海のシーフードや郷土料理を堪能できる。
歴史と味が溶け合う特別な時間。それぞブレーメンという街の真髄だ。
ブレーメンはゴシック様式とこの地域独特のヴェーザー・ルネサンス様式の市庁舎、聖ペトリ大聖堂といった中世からの歴史的建造物と、現代的な建造物が共存し、歴史と現代が調和した街並みも楽しみのひとつ。
市庁舎の隣にそびえる聖ペトリ大聖堂は、ブレーメンの象徴ともいえる存在。
2本の尖塔が空を突くように立ち、旧市街を見守っている。
建設が始まったのは1042年。長い歳月の中で幾度もの改修が重ねられてきたが、初期のロマネスク様式とゴシック様式の要素が今も共存している。
堂内に足を踏み入れると、ステンドグラスの光が静寂の空間をやさしく染め上げ、
振り返れば、幻想的なバラ窓がまるで光の花のように輝いている。
石造りの柱と高い天井に反響する足音が、千年の祈りを今に伝えているようだ。
2つの塔のうち1つは一般公開されており、265段の螺旋階段を上ると、
地上90メートルからレンガ屋根が連なるブレーメンの街並みとヴェーザー川を一望できる(入場料4ユーロ)。
また、教会奥の博物館には銀細工の祭壇や中世の司祭の霊廟、祭服、レリーフなどが展示されており、
無料で見学できる。静けさと荘厳さが調和するこの空間は、ブレーメンの歴史を感じるのに最適な場所だ。
ブレーメンの魅力は、なんといっても路地歩きだ。
その代表格が、街の中心マルクト広場からヴェーザー川へと続くベトヒャー通り(Böttcherstraße)。
14世紀には職人や商人が暮らす細い通りだったが、1920年代、地元のコーヒー商人ルートヴィヒ・ロゼリウスが芸術の力で再生を試みた。
彼は著名な芸術家ベルンハルト・ホイエルと協力し、通り全体をレンガ造りのアートストリートへと生まれ変わらせたのだ。
わずか100メートルほどの通りに、波打つような装飾の建物が並び、
アーチの下をくぐるたびに、まるでひとつの芸術作品の中を歩いているような気分になる。
地元で人気のカフェやギャラリー、クラフトショップが軒を連ね、
香ばしいコーヒーの香りや、窓辺に並ぶガラス工芸が旅人を誘う。
そしてもうひとつのお楽しみは、マイセン磁器製のカリヨン。
屋根と屋根のあいだに吊るされた30個の鐘が、正午から18時までの毎正時になると優しい音色を響かせる。
レンガの街並みに溶け込むその旋律は、古き良きブレーメンの心を奏でているよう。
ベトヒャー通り界隈で人気のキャンディショプ「Bremer Bonbon Manufaktur」。工房ではガラス越しに飴づくりの見学できて、作りたてのキャンディを試食できる!カラフルで多種にわたるフレーバーはお土産にぴったり。きっと好みの味が見つかるはず。覗いてみる価値ありのショップ。
ブレーメンで最も古い街並みが残るシュノーア地区。
迷路のように入り組んだ石畳の路地の両側には、木組みの家々が肩を寄せ合うように並び、
その中に小さなアトリエやギャラリー、アンティークショップ、そしてカフェがひしめき合っている。
「シュノーア」とは“紐”を意味する言葉。
家々がまるで一本の紐で繋がれているように密接して建っていることからこの名がついた。
狭く曲がりくねった路地を抜けるたびに、まるで中世の時間の糸をたどっているような気分。
日中は観光客で賑わうが、早朝の静けさに包まれたシュノーアは格別だ。
淡い光がレンガの壁を照らし、カフェの看板がゆっくりと目を覚ます。
人の少ない朝に歩けば、まるでグリム童話の一頁に迷い込んだかのような幻想的な時間が流れていく。
シュノーア地区にあるKonditorei Cafe」では、伝統菓子とオリジナルのお菓子が充実。ハンザ都市として栄え港湾貿易が盛んだったブレーメンでは、当時貴重な砂糖や小麦といった材料が手に入りやすかったことから、郷土色豊かなお菓子がたくさん生まれ今に受け継がれている。シュトレンのようなブレーマー・クラーベンや、シナモン風味のサクサク菓子「ブレーマー・カフェブロート」などお土産にもぴったり。
約 800 年の歴史を持つウォーターフロントの港地区「シュラハテ」は、緑が心地よいプロムナードになっており、ヴェーザー川沿いのテラスにレストラン、バー、パブが並ぶ一大グルメスポット。夕方から夜遅くまで賑わっており、川沿いの風情ある眺めとともに、名物のシーフードとローカルビールで地元の雰囲気が楽しめる。
シュノーア地区の石畳を歩いていると、ひときわ温かな灯りが漏れる小さなレストランがある。
1963年創業の老舗「クライナー・オリンプ」。北ドイツ料理とブレーメンの名物料理を味わえる店として、地元の人々にも長く愛されている。
趣ある木組みの建物は市の指定建造物にもなっており、扉を開ければ、どこか懐かしい時の香りが漂う。
メニューに並ぶのは、ラプスカウスやブレーマークニップなど、この街ならではの郷土料理。
とくにラプスカウスは、マッシュポテトに牛肉やコンビーフを混ぜ合わせ、仕上げに目玉焼きをのせた一皿だ。
「長期航海に出る船乗りたちのために、ビタミン不足を補えるよう工夫された料理なんですよ」オーナーのコルシュさんが教えてくれた。
素朴でいて滋味深いその味は、海風の町ブレーメンの気風そのもの。
北ドイツらしい北海の恵みも見逃せない。カレイと刻んだベーコンをバターソースで仕上げた「フィンケンヴェルダー ショレ」も人気のメニューのひとつ。外はカリカリ、中はふんわりと焼き上げられ、バターのコクとベーコンの塩味が自家製ビールと見事にマッチング。ぜひご賞味あれ。