
フランクフルトから鉄道で約50分。緑豊かな丘陵に包まれた素朴な町・シュタイナウへ。
ここは、グリム童話を編纂したグリム兄弟が幼少期を過ごした場所。
目に映るのは、可愛らしくも歴史の深みを湛えた木組みの家々。

木組みの家(Fachwerkhaus)は、柱と梁で骨組みをつくり、その間を土や石で埋めて壁にする中世の建築様式。
17世紀頃まで盛んに建てられ、その最大の特徴は、外から見える木のフレーム。
縦横斜めに走る線がリズムを生み出し、街全体に“ドイツらしさ”を描き出す。
柱や梁には、ぶどうや星、幾何学模様などが彫られている。それらは家族の繁栄や幸運を願う祈りのしるし。
地域ごとに装飾の違いが現れ、その土地ならではの文化・信仰・美意識が小さな家々の表情となって残っている。
ただ“かわいい”だけではない、暮らしと祈りが木の線に刻まれた建築なのだ。

シュタイナウの街を歩くと、木組みの家のほかに、うろこ状の外壁をもつ伝統家屋も多く見られる。
こうした景観が評価され、町は「ドイツ木組みの家街道(Deutsche Fachwerkstraße)」の一部にも組み込まれている。

木の模様、壁の装飾、窓辺の花、扉の色──家ごとに異なる表情を見比べながら歩くのも、旅の楽しみ。
中世、この町はフランクフルトとライプツィヒを結ぶ重要な通商路「ライプツィヒ街道(Via Regia)」 の中継地として栄えた。旅人、商人、巡礼者─さまざまな人々が行き交い、その足音が文化の蓄積となっていった。
そんな“言葉と物語が交差するこの土地で過ごした幼少期が、グリム兄弟の感性を豊かに育てたのだろう。

中央広場には、グリム兄弟を記念した噴水が立っている。
中央の塔やそのまわりには、グリム童話に登場するキャラクターたちのモチーフがちりばめられ、水音とともに“物語の気配”が広場に溶け込んでいる。
広場を見守るように建つのが、1273年に初めて記録に残る歴史ある 聖カタリナ教会。1730年〜1777年には、グリム兄弟の祖父・フリードリヒ・グリムが改革派の牧師としてこの教会で説教をしていた。祭壇横には、15世紀後半に砂岩で作られた聖墳墓が置かれており、質素ながらも郷土史の貴重な証人として静かに佇む。
教会は「ハーグ条約」において“保護に値する文化遺産” としても指定されている。
この小さな町が持つ重層的な歴史を象徴する存在だ。

町の中心に立つ「Brüder-Grimm-Haus(グリム兄弟の家)」は、現存する唯一のグリム一家の住まい。1791年、法律家だった父の転勤により一家はハーナウからこの町へ移り住んだ。
新しい住まいは当時、領地管理主務官の官舎であり、今は記念館として一般公開されている。
館内には、『グリム童話集』初版本や兄弟が学んだ書物、当時の暮らしを再現した台所や書斎などが残され、兄弟の原点に触れられる。
童話の舞台はいつも想像の世界にあると思っていたけれど、実際には、こんな小さな町の静かな暮らしから生まれていったのだ─そう思うと、どこか胸があたたかくなる。

メルヘン街道の最後を飾る町・ハーナウは、グリム兄弟誕生の地として知られている。
中心部のだだっ広いマルクト広場に立つと、レンガ造りの市庁舎前で、ふたりの兄弟が静かに迎えてくれる。

腰に手を当て堂々と立つのが兄・ヤーコプ。その横で本を広げ、物語の世界へ誘うように座っているのが弟・ヴィルヘルム。
像の下には兄弟の名とともに、ここが“メルヘン街道の出発点”であることを示すプレートが埋め込まれている。
この場所に立つと、物語がどこから始まり、どこへ向かって広がっていったのかが、静かに腑に落ちてくる。

広場の近くを散策していると、ふと歩行者信号にもグリム兄弟の姿を見つける。小さなシルエットが灯るその瞬間、日常の中に物語がふっと顔をのぞかせたようで、思わず足を止めた。
ハーナウは決して見どころが多い町ではないが、街のあちこちに点在するグリム童話の像やユニークな信号機を探し歩けば、まるで宝探しをしているような、ささやかで楽しい時間が流れていく。
童話を紡いだふたりの原点に触れながら、旅の終わりにふさわしい静かな余韻を味わえる町だ。
