
ブレーメンから鉄道で西へ約2時間、グリム童話「ハーメルンの笛吹き男」の舞台として知られる北ドイツの小さな町、ハーメルン。笛の音に導かれた子どもたちの伝説が、今も街のあちこちに息づいている。奇妙な伝承と中世にタイムスリップしたかのような街並みは物語に迷い込んだ気分。

グリム童話のなかでも、とりわけミステリアスな物語として知られる「ハーメルンの笛吹き男」。
その背景には、しっかりとした史実がある。
かつて製粉業で栄えたこの街では、ねずみの大発生に人々が頭を抱えていた。
ある日、派手な衣装をまとった笛吹き男が現れ、笛の音ひとつでねずみを街から追い出すことに成功する。
しかし、約束していた報酬が支払われなかったことに腹を立てた男は、今度は笛の音で子どもたちを誘い出し、130人もの子どもたちを連れ去ってしまったという。
この出来事は1284年6月26日のこととされ、今もハーメルンの史書に記録が残る。
けれど、子どもたちはどこへ消えたのか──その謎はいまだに解かれていない。

今、街を歩けば、笛吹き男通り(Bungelosenstraße)と名付けられた小道があり、
そこでは今も楽器の演奏が禁止されている。
石畳の上に足音だけが響くその道を歩くと、
まるで笛の音がどこか遠くから聞こえてくるような錯覚に包まれる。
伝説と現実が交差するこの街では、歴史がただの過去ではなく、
今も人々の暮らしの中で静かに息づいているのだ。

ドイツの信号機キャラクターといえば、東ドイツ生まれの「アンペルマン」が有名。
けれど最近は、各地でその街ならではの“ご当地キャラ信号”が登場している。
ハーメルンで発見したのはーもちろん笛吹き男!
笛を吹きながら子どもたちを導く姿が、緑の灯りに浮かび上がる。
信号は市庁舎前にあるので、街歩きの途中にぜひ探してみてほしい。

ハーメルンの街を歩くと、17世紀にヴェーザー川流域で栄えた「ヴェーザー・ルネサンス様式」の建築が今も息づいている。
交易で富を築いた商人たちは、競うように優美な張り出し窓や、仮面、紋章などの装飾を施し、外壁を芸術品のように彩った。華やかさの中に、当時の繁栄と誇りが刻まれている。
旧市街のオスター通りには、その代表格である「ライストハウス(現ハーメルン博物館)」をはじめ、見事なファサードをもつ建物が軒を連ねる。
中でも「ねずみ捕り男の家」と呼ばれる建物は、外壁いっぱいに繊細な装飾が施され、1284年に子どもたちが姿を消した事件の説明文が刻まれている。
実際に笛吹き男がここに住んでいたわけではないが、伝説の余韻をこの街にとどめる象徴のような存在だ。

メイン通りを歩いていると、どこからともなく笛の音。音の主は、笛吹き男に扮した街のガイド。
その後ろを、観光客たちがぞろぞろと列をなしてついて行く。
気づけば、私の足もその流れに引き寄せられていた。
その姿を眺めていると、まるで本当に物語が現実になったかのように思えてくる。
笛の音が、過去と現在をつなぎ、この街をひとつの物語として生き続けさせているようだった。

旧市街の広場では、一日3回時を告げる鐘の音に合わせてからくり時計の窓が開き、笛吹き男とねずみ、そして子どもたちの人形が音楽に合わせて姿を現す。

かつて多くの製粉所が立ち並んでいたハーメルンの街では、
今も街角のあちこちにパン屋が点在し、小麦文化が息づいていることを感じさせる。
そんなハーメルンでぜひ味わいたいのが、地元で愛されるパンケーキ専門店「プファンヌクーヘン・ハーメルン」。
見た目はクレープのような薄焼きパンケーキ。
香ばしく焼き上げられたもちっとした生地にナイフを入れると、ふんわりとした香りが立ちのぼる。
お食事系からスイーツ系まで、その数なんと55種類以上。
アンティーク家具に囲まれたやわらかな灯りの中で、
旅のひと休みを楽しむひととき。
童話の街で出会う小さなごちそうは、きっと旅の記憶を優しく彩ってくれる。
